上司のヒミツと私のウソ
「課長のマンションで目が覚めたってわけ」

「……そう」

 私はつい目を伏せてしまう。


「誤解しないでよ。そういうことはなかったんだから。服着たまま寝てたし」

 安田は顔を覆ったまま、耳まで真っ赤になっている。


「記憶をなくすほどへべれけになって上司の家に泊まり込むなんて、恥ずかしくて死にそうだったんだから。課長は誰にもいわないでいてくれたみたいだけど、自分で自分が許せない」

 安田の酒豪は有名だ。酔ったところを見たことがない、と企画部のひとたちが話しているのを聞いたことがある。


「なにもなかったんなら気にすることないとおもうけど」


 自分の口から出た言葉が妙に嫌味な音を含んでいる気がして、「いいじゃない、たまには酔っても」と急いでつけ加える。直後、安田にすごい勢いで睨まれた。


「下戸に慰められるとよけい情けなくなるわ」

「あっそ。悪かったわね」


 安田はしばらく薄暗い非常階段に座り込んだまま、自分の両足のヒールの先を見つめて黙り込んでいたけれど、ふいに顔を上げて私を見た。

「そういうわけだから、私と課長は付き合ってなんかいません。気がすんだ?」
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