上司のヒミツと私のウソ
「でもよかった。ふっきれたんだね、笹島さんのこと」

 ミサコちゃんのお祝いをしたら、私からも報告しようとおもっていた。明日で禁煙を始めてからひと月たつこと。それから、私のはじめての企画が通ったこと。


「そういうわけでもないけどね」


 予想外な言葉が返ってきて、ピザの一切れを口に運ぶ私の手が止まる。


「そういうわけでもない」


 ミサコちゃんは自分自身にいい聞かせるように、その言葉を繰り返した。グラスの中の赤い液体を眺めているミサコちゃんは、話すことをためらっているように見える。


「だったら、やめたら?」

 私はおもいきって切り出した。ミサコちゃんは笑った。


「もうもどれないよ」


 小さな、だけど迷いのない声だった。グラスを見つめていたミサコちゃんの目が、ゆっくり私のほうに向く。傷ついて、諦めに塞がれた目だった。

「笹島さん、本当にミサコちゃんと結婚する気ないの? いい出せないだけかもよ? いっそミサコちゃんからプロポーズしたら?」

 ミサコちゃんは答えなかった。やはりなにかをためらっている。

 パスタが運ばれてきた。ミサコちゃんの大好きな渡り蟹のパスタ。私は取り皿にパスタをとりわけ、ミサコちゃんに渡した。


「彼のお母さんが心臓を患っていてね」

 ふいにミサコちゃんが話し出した。
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