上司のヒミツと私のウソ
 会社の表玄関を出ると外は真っ暗だった。数メートル歩いたところで、前方から矢神が歩いてくることに気づいた。逃げ場を探したけれど横道はなく、ラッシュ時間の過ぎた今は人通りも絶えていた。矢神はすでに私に気づいている。無視できない。


 お先に失礼します、とだけいって足を止めずに通り過ぎようとしたのに、「西森さん」と矢神に先に声をかけられた。仕方なく顔を上げると、韓流スター顔負けの、貴公子のような微笑を浮かべた顔があった。


「例の企画の件、明日また考えましょう。要は開発の人間を納得させればいいんです。データは揃っているし、大丈夫。心配することはないですよ」


 今日の打ち合わせのあと、私はこれ以上矢神と二人きりになりたくなくて、本間課長のあとに続いて早々に部屋を出た。先週から、まともに矢神の顔を見ることができない。


「はい」

 私はすぐに目を逸らし、街灯のあかりに照らし出された歩道の植え込みをぼんやりと見つめた。

「お疲れさまでした」

 ゆるやかに笑って、満足そうに立ち去る矢神の背中を、私はぼうっと見送った。突然、自分でも理解できない気持ちにとらわれた。
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