上司のヒミツと私のウソ
「あの番組のせいで『一期一会』のファンが増えたのは事実だけど、正直、あれはちょっと美化しすぎだ。実際は、そんなかっこいいもんじゃなかった。あのときは、みんな必死で、先が見えないまま突っ走ってたというか。俺なんかはじめてプロジェクトを任されて、右も左もわからない状態だったしな。もう、いろいろ、ほんとに、最悪だった」


 思い出したくもない、というように、矢神は片手で両眼を覆った。


 私は貴重なものを見るようなおもいで、どきどきしていた。矢神が『一期一会』のことをこんなふうに語るのを、はじめて聞いた。


 矢神はいつも余裕たっぷりで、自信に満ちていて、間違えたことなんかないんじゃないかとおもっていた。不安になったり迷ったりした経験なんてないんじゃないかと──。


 私が凝視していることに気づいたのか、矢神ははっと顔を上げてきまり悪そうな顔をしたあと、「それはともかく」と話題をもどした。

「まあ、そうだな。西森のいうとおり、やっぱ初動がおろそかなんだろうな」

 ひとりごとのようにつぶやくと、矢神はぐいっとグラスに残った酒を空けた。
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