上司のヒミツと私のウソ
 矢神はおそろしいピッチで酒を飲んでいたけれど、表面上はまるで変わらず、酔っている気配はまったく見えなかった。安田が「矢神課長にだけはあんな醜態を見られたくなかった」といっていたのは、つまり競争心から出た言葉だったようだ。


 閉店時間が過ぎて店内の客が誰もいなくなると、私たちはカウンターに移動した。マスターと律子さんも加わって、ちょっとだけ矢神とマスターの高校時代の話を聞いた。矢神は迷惑そうだったけれど。


 高校時代の矢神が手のつけられない暴れ者で、めったに登校せず他校の生徒と喧嘩ばかりしていたこと。その喧嘩がエスカレートして相手に重症を負わせてしまい、強制退学させられたこと。そのとき担任だった律子さんが、なんとか矢神の退学を撤回させようとかけずり回ったこと。

「でもしょせん新米教師の私に、どうこうできる力なんてなかったのよね」

 当時のことを思い出したように、律子さんは一瞬辛そうな表情を浮かべたけれど、矢神は「まあ自業自得だ」とさばさばしていた。
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