上司のヒミツと私のウソ
「西森さん、先にもどっていてくれませんか」

「……はい」

 いつもの矢神の微笑だった。私は後ろ髪を引かれるおもいで、エレベーターホールに向かった。

 エレベーターに乗り込む前、二人がエントランスからビルの外に出て行くのが見えた。




 矢神は、午後の始業時刻から三十分遅れて執務室にもどってきた。

 たった今、外出先から帰ってきたかのように、平然とデスクに座る。


 そのあとは、いつもと変わらない態度で仕事を始めた。


 メタルフレームの眼鏡ごしに書類を見つめる瞳は、静かで落ち着いて見える。

 時おり見せるやわらかな微笑も、手際のいい適切な指示も、いつもどおり。呆気にとられるほど、普通だ。

 裏腹に、私は先刻のことが気になって仕事が手につかない。
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