上司のヒミツと私のウソ
 庭から顔をもどし、彼はゆるやかにほほえんだ。


「そのときの僕の気持ちが、わかりますか?」


 ランチが運ばれてきた。

 美しく盛りつけられた料理をテーブルに置き、にこやかな笑顔を向けるウエイターに、私はほほえみ返すことができなかった。料理を見ることすらも。

「僕が入院している間、弟が見舞いに来たことは一度もありませんでした。僕がリハビリで苦しんでいるとき、彼は大検を取得して受験勉強に励んでいたんです。僕が志望していた大学を受けるために。医者になって病院を継ぐために。僕が手放した夢をさらうために」


「でも、矢神課長は」

 私は喉の奥から掠れた声を絞り出す。


「ええ、そうです。彼は医師免許を取りながら、医者になることを拒絶して姿を消しました。おそらく怖じ気づいたのでしょう。もともと医者の素質に欠けていたんだとおもいます」

 食べましょうか、と彼が笑いかけた。
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