上司のヒミツと私のウソ
 彼は苦笑して、困ったように私が差し出した紙袋を見下ろした。

「申し訳ないけど、甘いものは苦手なんです」


 力を失った私の両手が、ゆるゆるともとの位置にもどっていく。


「もういいですよ」

 降ってきたのは、冷ややかな言葉だった。

「これ以上嘘をつかなくても」


 彼はもう私を見ていなかった。その顔は人形の顔のように表情がなく、うつろに正面を見ていた。

「例の話、聞かなかったことにしてください。それじゃ」

 ドアが閉まると同時に、内側から鍵をかける金属音が聞こえた。




 アパートにもどったのは十時過ぎだった。

 チョコレートケーキは紙袋ごと駅のゴミ箱に捨てた。
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