上司のヒミツと私のウソ
 なのに、先に逃げ出したのは矢神のほうで、私を置いてあっという間に立ち去った。

 あんなに露骨にうろたえている矢神を見たのははじめてだ。“表”だろうと“裏”だろうと、矢神はいつも私の前では余裕綽々で──。


 そのことにおもいいたったとき、またたくまに胸が冷えた。


 ちがう。私じゃない。

 だれかと間違えたんだ。


 全身から力が抜けて、私はその場に座りこんだ。

 身体中をかけめぐっていた熱は、一気に冷めてしまう。


 嵐が過ぎ去ったあとのように、胸の中には散乱したガラクタが残っているだけ。むなしく静まりかえっている。

 だれと? なんて──そんなこと、聞かなくてもわかる。


「ばっかじゃないの」


 安田の真似をしていってみた。

 ほんとうにどうかしている。
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