上司のヒミツと私のウソ
「しょうがないだろ」

「でも」


 赤く点灯する信号機の手前で立ち止まると、矢神は私の手を離し、振り返った。


「なにやってんだ、おまえは」


 強い怒気を含んだ声に気圧されて、私は後ずさった。矢神がこんなにあからさまに怒っているのを、はじめて見た。


「嫌なら適当に理由を作って断れ。簡単だろ、それくらい」

「だって……、福原さんは年上だし」

「関係ないだろ」

「断ろうとしてたんですよ。聞こえてたでしょう?」


 だんだん矢神の怒りが不当なものにおもえてきた。こんなに怒られるようなことは、なにもしていない。

──知らん顔してたくせに。


 矢神はこれ見よがしに溜息をついて、皮肉めいた笑いを浮かべた。

「あの程度の誘いもかわせないで、よく八方美人がつとまるな」


 頭の中でぷちんと糸が切れた。

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