上司のヒミツと私のウソ
「そういうことをいってるんじゃない」

 私が急いで離れようとしても、矢神は簡単に追いついてしまう。行く手を阻むように、次の信号機がまた赤に変わる。


「じゃあどういうことですか」

「だから……」

「なんなんですか。私の態度が気に入らないなら、見なきゃいいじゃないですか。もう、ほっといてください」


「心配だからに決まってんだろ!」


 いらだちまぎれに叫んだあとで、矢神は一瞬戸惑うような顔をした。


 私はわけがわからず、呆然としてしまう。


 信号機が青に変わる。

 静まりかえったビル街の闇にとけるように、矢神の表情が色をなくしていくのがわかった。

 “裏”と“表”の判別もつかないほどに。


 困惑する私から目をそらして、矢神は足早に横断歩道を渡った。

 私は追いかけることもできずに、遠ざかる矢神の背中をぼう然と見送った。
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