上司のヒミツと私のウソ
 やせ我慢ではなく、こうなってほっとしていた。

 少し前まで胸に巣くっていた暗く鋭い嫉妬も、過去に深く根ざす拒絶も、別の違うものに覆われて底のほうに埋もれていた。


「最近、西森はここに来てますか?」


 一瞬間をおいて、律子さんはカウンターから身を引くと手もとに視線を移した。

「ずっと来てないわよ。どうして?」

「いや別に」

「前から聞こうとおもってたんだけど」


 いきなり教師時代のきりきりした声音になった。

 占い師が予言に使う水晶玉かとおもうほど、透き通った目で律子さんが俺を見ている。じわじわと嫌な予感がひろがる。


「どうして華ちゃんと別れたの?」

 俺は黙って小鉢の煮物を箸でつついた。


「どのくらい付き合ってたの?」

 気づけば店の中の客は誰もいなくなり、閑散としている。


「もう閉店……」

「そんなことはいいのよ」
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