上司のヒミツと私のウソ
「七時前に矢神さんから電話があってね。なんか急に用事ができて行けなくなったって」

 私はうんざりした。


「どうせ最初から来るつもりなんてなかったんですよ」

「そんなことないでしょ」

 マスターが驚いたように目を見開いて反論した。


「矢神さんは、そんなひとじゃないよ」


 自信満々にいい切って、なぜか励ますような笑顔を私に向ける。やんちゃな腕白坊主がそのまま大人になったような笑顔だ。


 マスターは矢神の高校時代の後輩で、今でも矢神のことを崇拝しているのだと、律子さんが話していたのを思い出す。


「みんな同じことをいうんですね」

 またイライラしてきた。こんなにもイライラするのは、きっと煙草を吸っていないせいだ。


「なにか理由があるはずだって、みんないうんですよね。でも、私にはさっぱりわからない」

「それは──」


 マスターがなにかいいかけたとき、入口の戸がカラカラと音をたてた。マスターがすぐに「いらっしゃい」と威勢のいい声をかける。
< 476 / 663 >

この作品をシェア

pagetop