上司のヒミツと私のウソ
「当たり前だ。何度も携帯に連絡入れたのに、つながらないし」

「あっ。すみません。お店が混んでて、マスターがひとりで困っててて、それで」

「もういい。わかった」

「急用って、『RED』の件でなにかあったんですか?」


 すぐに、そっちに意識が向かってしまう。矢神はメタルフレームの眼鏡ごしに、一瞬だけ探るような目を向けた。


「違う。佐野が担当してた広告の撮影スケジュールが急に変更になって、今日じゃないとカメラマンの都合がつかないっていうから、スタジオに行って撮影に立ち合ってた」


 よほど急いだのか、いつもきれいに整っている髪がばらけて乱れている。

 カウンターの中から、マスターが意味深な笑みを投げてくる。ほらね、といわんばかりに。


「いいんですか。私が企画部にいても」

 唐突に聞いた。矢神は私から目をそらしたまま、面倒くさそうに「しょうがないだろ」という。

「安田にさんざん粘られたからな」

 どこが。たった五分でしょうが。

「安田さんの頼みならきけるんですね」

 矢神は返事をしない。
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