上司のヒミツと私のウソ
「私は全然信頼されてないってことが、よくわかりました」


 矢神はそれ以上なにも話さなかった。注文した生ビールを一杯だけ飲んで、煙草を消して席を立った。


「華ちゃんも、もう帰っていいよ。あとは俺ひとりで大丈夫だから」

 勘定をすませた矢神が店を出ていくのを見て、マスターがいった。そして後を追いかけろとでもいうように、目で合図する。


「いいんです、べつに」

「よくないでしょ」


 即座に、マスターが少し強い口調でいった。


「矢神さんは、華ちゃんが店に残ってること知らなかったんだよ。それでも、わざわざこんな遅くに遠回りしてそのファイルを届けにきたんだ。どうして信頼されてないなんておもうの」


 カウンターの上に無造作に置かれたファイルを見ると、心が締めつけられたように軋んだ。あのファイルには、私の伝えられない気持ちが詰まっている。矢神には届かない私の気持ちが。


 私は借りていたエプロンを外してマスターに返し、ファイルを抱えて店を出た。
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