上司のヒミツと私のウソ
 最近の矢神の言動は、理解できないことばかりだった。それも彩夏さんのことが原因だったのだと考えれば、納得がいく。


 胸の中心に大きな穴が穿たれ、そこに灰色の液体を流しこまれたように、空虚で冷たい気持ちが胸いっぱいに満ちてきた。


 私が矢神にとって特別な存在になることなんて、到底ありえないことだったのだ。

 たとえ、いつか彩夏さんのことを忘れる日が来たとしても、そのとき矢神が選ぶ相手は私じゃない。素直で裏表のない、かわいらしい女性だ。


 矢神に気持ちが伝わらなくて、勝手にひとりで腹を立てていたけれど、気づかなくて当たり前だ。私はなにも伝えていないのだから。


 そして、これからも伝えることはないとおもう。あんなにぶざまにふられるのは、一度だけで充分。

 見こみのない片思いをいつまでも続けられるほど、私はもう若くはない。現実に目を向けよう。


「マスターの作ったもつ煮こみ、最高です」


 私は笑顔で箸を進めた。

 落ちこむ必要はない。私にはやるべきことがあるのだから。
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