上司のヒミツと私のウソ
 ドアを開けて真っ暗な部屋の中に入った。昼間の熱がこもっている蒸し暑い部屋に、西森が呼吸する苦しそうな息遣いが響く。

 西森を寝室に運びこみ、部屋に冷房を入れようとして、思いとどまる。冷房を入れるのはやめて、居間のベランダの窓を開けた。

 カーテンがふくらみ、おだやかな風が入ってくる。空気を入れ換えると、部屋の中がずいぶん涼しくなった。


 引き出しから体温計をとり出し、寝室に引き返して着替えを選んでいると、ベッドに横たわる西森が潤んだ目でこちらを見ている。

 しんどい、と喉の奥にひっかかるような濁声でつぶやく。


 寝たり起きたりを繰り返している西森の表情は空ろで、自分が置かれた状況を正確に把握できていないようだった。

 正気にもどったら、今度こそ職権乱用だセクハラだと訴えられそうだ。


 体温計と着替えを渡して、はやばやと寝室を出た。

 リビングのソファに座り、なにをするともなくじっとしていた。なにをすればいいかわからないし、落ち着かなかった。長年暮らした住み慣れた部屋が、自分の部屋ではないような気がする。
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