上司のヒミツと私のウソ
 律子さんのいうとおりだった。

 西森が部屋を出ていったからといって、気にするほどのことではないのかもしれない。少なくとも起きて歩けるくらいには快復したわけだし、具合が悪ければ自分で病院に行くだろう。


 だが、俺が心配しているのはそのことではなかった。


 目覚めたとき、誰もいない家に──他人の家にいることを、西森はどうおもっただろう。それが俺の部屋だと知ったら。

 昨夜のことを覚えているだろうか。もし、覚えているとしたら、西森は今ごろ自分を責めているのではないか。そんな気がしてならなかった。


 煙草を口に咥え、ふたたび携帯電話をとり出した。何度鳴らしても西森は出ない。無味乾燥なアナウンスが留守電に切り替わることを告げる。


 『RED』の定例ミーティングが無事終了したこと、安田が代わりにプレゼンを行ったこと、そして、女優の山田亜佐美を起用した連作広告の企画案には、『RED』を商品名にすることを含め、メンバーの約半数が賛成したことを留守電に残して、電話を切った。
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