上司のヒミツと私のウソ
「なーんだ、会社のひとだったんですか。モトカノさんかとおもってびっくりしちゃった」

 鼻歌まじりに手に持つ小振りのバッグをくるくる回しながら、リビングに向かいかけ、「もう帰るんですか?」とふたたび振り返る。


 私がかすれた声で「はい」と答えると、彼女は急いで玄関に引き返してきた。白く長い人差し指を唇にあて、お願い、という。


「このこと、庸介さんには黙っててね。留守を狙ってようすを探りにきたなんて、いくら恋人でも褒められたことじゃないもん」

 申し訳なさそうに苦笑する顔に、ちらりと懸念が浮かぶ。


「あの顔だからもてるだろうし、遊びで付き合ってる女のひととかいるのかなーって、ちょっと気になっちゃって。私たち親同士も公認の仲なんだから、よけいな心配かもしれないんだけど」


 早口でまくしたてたあと、あわてて「私、池橋有里といいます」と自己紹介した。お辞儀の仕方にも初々しさが見える。

 黙っていると「あなたは?」と聞かれた。私はとっさにドアを開け、「失礼します」といい置いて廊下に飛び出した。
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