上司のヒミツと私のウソ
 安田がすぐにメニューを手にとり、代わりの料理を注文した。


「子供のころから、いつもそうだったんだよね」

 ウェイターが立ち去ったあと、ぽつりと私は言った。


「え? なにが?」

「イソップ童話の『すっぱいぶどう』って話、知ってる?」

「だから、何の話?」

 顔をしかめる安田を無視して、私は続けた。


「おいしそうなぶどう畑を見つけた狐が、木に生っているぶどうを食べようとして何度もジャンプするんだけど、届かないの。何度も何度も跳んで、それでも届かなくて、結局あきらめるわけ。『あんなぶどう、どうせすっぱくてまずいに決まってる。食べなくて正解だ』って」


「……はあ」


「手に入れたくてしょうがないのに、努力しても手が届かないから……自分にはふさわしくないって思いこんであきらめるの。私、いつもそうだった」

「……は?」

「私がいちばん欲しいものは、いつだって、絶対に手に入らないの」


 安田は呆れたように黙りこむ。
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