上司のヒミツと私のウソ
「え? ちょっと待ってよ、私も帰る」

「それは無理だとおもう」


 意味がわからず私が顔を上げるのと、安田が私の背後に向かって「おかえりなさい」というのが同時だった。

 矢神がずかずかと執務室に入ってきて、「ふたりだけか」といいながら部屋の中を見回す。

 安田はもうデスクのそばを離れている。


「私は帰りますから。ごゆっくり」

「ちょっと、なにいってんの!」


 私は叫び、おもいきり安田を睨みつけた。

 さっきの電話。まさかとはおもったけれど、示し合わせたとしか考えられない。


 安田はまったく聞く耳を持たず、にっこり笑って「お先に失礼します」とあっけなく部屋を出ていく。私を置き去りにして。


 静まりかえった広い部屋の中、矢神とふたりきりになる。

 矢神は窓際の自分のデスクに、出先から持ち帰ったらしい資料のどっさり入った紙袋を置いた。
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