上司のヒミツと私のウソ
 沈黙の上をすべるように、時計の秒を刻む音が響く。

 気まずさに耐えられなくなって、私はバッグを手にして席を立った。お疲れさまでした、といおうとしたら、すぐ隣に矢神が立っていた。


「ずいぶんだな、おい」

 低い声が響く。矢神は怖い顔で私を見下ろしている。

「話があるっていったよな、何度も」


 私はどうしていいかわからなくなって、目をそらしてうつむいた。


「ことごとく無視か」


 頭上から大きな溜息が降ってきたかとおもうと、矢神は私のそばを離れた。矢神の気配が窓際へ遠のくのを感じて、私はやっと顔を上げることができた。


 矢神の背中に有里の顔がちらついた。

 彼女のことを聞きたいとおもっているのに、怖くて聞けない。


 だけど、矢神に向かう気持ちは全然止められなくて、むしろますます強くなっているように感じる。止めなくてはいけないのに、とおもう。


 このまま、気持ちがあふれ出してしまったら、もう二度ともとにはもどれない。

 これ以上、矢神に近づいてはいけない。


「なんであんなこといったんですか」
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