上司のヒミツと私のウソ
 京都の山里に佇む古い民家で、凜とした和服の女性が客にお茶をふるまっている。客は、山の奥深くに棲む灰色のオオカミだ。


 一期一会──商品名を大胆なイメージで想起させ、当時CMとともに話題になった広告だ。


 この広告を作るのに、矢神たちはずいぶん苦労したはずだった。番組の放送時間はたった一時間半。だけど、プロジェクトには半年以上の時間がつぎ込まれた。


 あのときの矢神がニセモノだったとはおもいたくない。


 プロジェクトが始動した当初、チームはバラバラだった。

 各自が自分の意見を主張するばかりで折り合いがつかず、何時間話し合っても結論が出ない。そのうちに愛想を尽かして見放す者まで現れた。

 そういうメンバーをひとりひとり説得してまわり、叱咤激励し、最終的に結束させたのがプロジェクトのリーダーだった矢神だ。


 ポスターの束をまとめて段ボール箱に入れ、私はまた脚立にのぼる。三十女にめそめそしている暇はないのだ。
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