上司のヒミツと私のウソ
「負けたくないから」


 相手にするつもりはなかったのに、つい口がすべった。

「誰に?」

 探るような声。安田の鋭い視線を背中に感じたけれど、私は黙って棚を拭いた。


「……矢神課長か」


 わかってるなら聞くな。


「別れたの?」

「関係ないでしょ」

「なくないわよ。私のせいかもしれないし」


 めずらしく可愛らしいことをいう。

 私は雑巾がけの手を止めて、脚立の上から頭だけ振り向いた。安田は小悪魔のような笑みを浮かべて下から私を見上げていた。


「逆恨みされたら気持ち悪いもん」

「しませんっ」


 安田はくつくつ笑い出す。


「ほんとに別れちゃったんだ。悪いことしたね」


 笑いながらいわれても、謝っているように聞こえないんですけど。
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