甘き死の花、愛しき絶望
 案の定。

 見ているうちに花弁の一枚が、風にこぼれて野次馬に向かって落ちて来た。

「うわーー! 落ちてくるぞ! どけどけどけ!」

「きゃーーー!」

 その真下にいるヒトビトは、逃げまどう。

 けれども、ただでさえ通行人の多い沿道は、もう、身動きできないほど、ヒトであふれかえっていた。

 それなのに、半径五十メーター以上、直線で最大百メートル以上も幅を開けているのだ。

 花弁が落ちてゆくさきのヒトビトに、新しい逃げ場所なんて無く。

 灼熱の花弁は、容赦なくヒトビトの上に降る……寸前だった。

 白髪の少年が素早く花弁に向かって手を振った。

 と。

 ひしゅっっ!

 何かが風を切る音がして、白髪の少年の袖口から、銀色の糸が飛び出した。

 そして、人に向かって落ちる危険な花弁に絡んだのを確認して、力強く引いた。

 すると。

 ヒトに向かって落ちて来た花弁型の凶器の軌道が変わる。


 じゅゅゅっ!


 相変わらず、強烈な音を立てたものの。

 巨大な炎の花弁が、誰もいないアスファルトを灼(や)くだけで済んだ安心感を抱いたヒトビトが見た先は。

 白髪の少年が、手首を返して銀の糸を袖口に引きこんでいる所だった。

 花弁の温度に溶けもせず、糸は、かなり長かったはずなのに。

 1、2、3のカウントで、全部が速やかに袖口にしまわれた辺り、白髪の少年は、こんな状態に慣れているようだった。
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