甘き死の花、愛しき絶望
「逃げろ! 花葬者だ! 花葬者だぁ!」

「コイツ、絶対死ぬぞ! 殺される!!」

「誰か! 消防署に連絡だ!!」

 野次馬たちは、蜘蛛の子を散らすように、花の痣を浮かび上がらせた少年から一歩でも遠くに離れようと逃げまどう。

 そして、少年から半径五十メートル圏内にまるで、透明なガラスの壁があるかのように近寄らなかった。

 傍から見ると、この大勢が慌てふためいて逃げる避難劇は、笑えるかもしれない。

 けれども、当の本人はまるで、周りを見てはいなかった。

 大勢の一般人が、その吐息と一緒に唾を飲み込み、少年の行方を見守っている中。

 彼は、ふらふらと通りを十歩ほど歩き、乱立するビルの隙間から射す夕陽に痣が浮き出た自分の手をかざし。

 しみじみと眺めたかと思うと、悲しそうにつぶやいた。

「……また、死ねなかった。死ぬためには……あと。
 ……この痣が倍は要る」

 その声に、返ってくる言葉はないはずだった。

 少年は忌むべき『花葬者』だった。

 周りには、ヒトがひしめいていたけれど、皆、彼から十分に距離をとっていたから。

 そして、彼が『花葬者』でなかったとしても。

 明らかに狂気に染まった瞳を持つ彼に関わりたいとは、誰も思うはずもなかった。

 ……けれども。

 高層ビルの屋上から身を投げ、黒い花の痣を浮き上がらせた少年が、ため息と一緒に呟いた言葉に、返事があった。

「殺してやろうか?」

 その声に、ようやく少年は、意識を自分の内側の狂気から、外の世界に向けた。

 高いテンションを下げて聞く。

「……誰?」

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