三十路で初恋、仕切り直します。
「見送りありがとな。気をつけて帰れよ」
そう言って、隣に座る法資が手荷物の鞄の中から紙袋を取り出した。
「なにこれ?」
「帰りの道中、長いだろうから」
無造作に手渡された紙袋に入っていたのは、特用の携帯ケースに入ったおつまみのするめと貝柱だった。絶句して、法資とおつまみとを見比べてしまう。別れ際、恋人から渡されるものにしてはあまりにも色気がない。
これから静岡までの道中、新幹線で一人ぼっちで帰る切なさを乾き物をしゃぶって噛み締めろと言うことなのだろうか。
「……ひ、ひどくない!?これ、お酒のお供じゃない。わたしはおっさんかっての!」
「おまえ好きだろ、昔からこういう酒のアテ系」
確かに好きだ。好きだけど。
「もっと喜べよ」
「うれしくないわけじゃないけどさ。……でもさぁ、でもなんかこう、もうちょっとお洒落なものがあっても…」
そうぼやく泰菜の目の前に、法資が笑いながらもうひとつ小さくてきれいな紙袋を差し出してきた。
いかにも女子が好みそうなエナメル風のおしゃれな袋には、有名な洋菓子店の屋号を示すうつくしいアルファベットが並んでいた。中身は上品なラッピングが施されたチョコレートだった。
デパートでおなじみの王室御用達の称号を持つ由緒正しいウィーンの老舗菓子店のものだ。
親友の美玲がこの店の猫のラベルのチョコレートを気に入っていて、泰菜も一緒に食べたことがあった。鼻腔をくすぐる芳醇なカカオの香りといい、舌で解けていく繊細な甘さといい、甘いもの好きの女子の心を満足させるうっとりするようなチョコレートだった。
「おまえチョコも好きだったろ」
つまみが嫌ならこっちを食いながら帰ればいいと、法資が笑う。その笑顔に胸がぎゅっと掴まれたように痛くなった。
「……なんか気が利きすぎて怖いな、今日の法資」
「素直に礼を言えないのかよ」
「だって」
「食いもんだけじゃなくて、もっと袋の中よく見てみろよ」
チョコレートの入っていた紙袋を覗き込むと、底にちいさな封筒が入っていた。
「これは?」
法資は答えず、視線で中を見てみろと促してくる。
またおつまみのように冗談のようなものが出てくるのか、それともチョコレートのような胸をきゅうっと切なくさせるようなものが出てくるのか。
恐る恐る封筒から取り出した名刺サイズの小さなカードをみて、その場で固まってしまう。
そのカードには、世界的なジュエラーのロゴが刻印されていた。