三十路で初恋、仕切り直します。
手のひらのなかで小さなカードを裏に返してみる。
『お買い上げありがとうございます』という一文と一緒に『ご購入日』という文字が印刷されており、そこには手書きでつい先日の金曜日の日付が書き込まれていた。
「……これって……何?」
「さてなんだろな」
勿体ぶるようなことをいいつつ、法資は腕時計の時間を確かめるとふうっとひと呼吸吐いて、何てことのないように「指輪」と答えた。驚きすぎて言葉に詰まる。こういうとき、なんと言えばいいのか分からなかった。
「そのカードは保証書か何かみたいだな。ってかなんだよおまえ。その沈黙は」
「……指輪って、まさか……わたしに……?」
法資は正面の案内板に視線を向けたまま、「ああ」とだけ返事する。
「ほんとにわたしに……?」
「おまえ以外のために買うわけないだろ」
「えっと、でも、急にどうして?」
「どうしてって、随分な言い様だな」
付き合っている相手に指輪を贈ることに、考えなければならないほどの多くの意味はない。自分でもあまりに無粋な質問だと思ったけれど、法資は別段気分を害した様子もなく口を開いた。
「……微妙な反応だな。でもまあ、それが普通の反応だよな」
自分のとった行動の方が普通じゃないとでも言うように、法資が自虐めいた苦笑を浮かべる。
「いくらなんでも先走り過ぎっつぅか。こんなもん寄越されて驚くのも無理ないっていうか。……俺も初めからこれ買うつもりで店に行ったわけじゃなかったからな。ちょっとショーケース覗きに来ただけの人間をその気にさせる、この店の接客術ってのはすごいもんだ」
まるで他人事のようなそっけない口調でそんなことを話し出す。
「ネックレスだけ見るつもりだったのに、『ダイヤをお探しでしたらこちらにもございます』って、こっちが遠慮しても『ご覧になるだけでもどうぞ』って具合にな。さりげない接客なのに上手ことブライダルコーナーに誘導されたな」
淡々と話す法資は泰菜が黙し続けていると、ついに痺れを切らしたように「……おい、なんとか言えよ」と言い出した。
「引いてるのか?」
「え?」
「……知り合ってから長いにしろ、付き合って一週間もしないうちに指輪なんて、さすがに引いてるところか?それならそれでいつものおまえらしくそう言えばいいだけのことだろ」
ばつが悪いのか、すこし怒ったような不機嫌な声で畳み掛けてくる。
「あの、でも、本当に買ってきたの?」
「だからそうだって言ってるだろ。ちょっとやりすぎかとも思ったんだけどな、けじめっていうか、おまえとはこういうつもりで付き合ってるっていう意思表明のつもりだ」
憮然と言いながらも、泰菜の反応をさぐるようにちらりと視線を寄越してきた。それだけのことで、自分と同じく法資もすこし緊張しているようだということが分かる。