三十路で初恋、仕切り直します。

「……お見送りはここまでなのね」

保安検査場の前まで来ると、セキュリティチェックの準備をするために法資が上着を脱いだ。混み合う時間ではないようで、人もまばらだった。


「また年末にすぐ帰ってくるからな」


次に会えるのは一ヶ月半後ということだ。それだけの間なら、きっとがんばれるとどうにか笑顔をつくる。


「うん、待ってる」
「スカイプも、この間説明した通りやればいいだけだから。大抵仕事だろうから、電話出られる時間はメールで連絡な。携帯にパソコンのEメール転送出来るように設定もしておくからいつでもメールしろよ」

「わかった。……時差一時間だっけ?到着してもし余裕あったら、一度電話かメールもらってもいい?」


法資は笑って「ああ」と答える。


「じゃあな、そろそろ……おっと。忘れるところだった」


そういって離しかけた手をもう一度繋いでから言った。


「指輪な、おまえの家のどこかに置いてあるから、まあ頑張って探してみろ」
「……何それ。宝探し?」


笑いながら帰宅後のことを思い描くと、寂しさでしくしく痛んでいた胸がすこしだけ温かくなる。


「まあそんな難しい場所には置いてないけどな」
「ありがとう。……どこだろう?これから家に帰るの、楽しみになってきた」


どんな指輪を選んでくれたんだろうと考えながら帰れば、これからひとりで誰も待つ人のいない静岡まで帰らなくてはいけない寂しさがすこし紛れる気がした。


「そりゃ良かった」
「早くお家に帰りたくなってきちゃったくらいよ」


ちょっとだけ強がってそう言ってみると、法資はなんだか物言いたげに苦笑した後で、


「じゃあな、行って来る」


そう言っておでこをはじいて、セキュリティチェックに向かった。




最後まで名残惜しそうに手を握っていたくせに、その瞬間は平静な顔をしようとする法資がなんだかちょっと憎らしくて。検査を終えてその先にさっさと姿を消そうとする法資に向かって、ちょっとしたいたずら心ですこしだけ声を張り上げた。



「いってらっしゃい、あなた」



思わず泰菜が吹き出してしまうような顔で法資が振り返った。

してやったりと堪えきれずに笑い出す泰菜を呆れたような、笑うような、寂しいような、そんな顔で見詰めた後、最後はこそばゆそうに目を細めて、法資は手を振りながら歩いていった。

その姿が見えなくなるまで泰菜も手を振り続けた。



--------いってらっしゃい、法資。



待っているから、どうか気をつけて行ってきてねと胸の中で唱える。



わたしがあなたに、おかえりなさいをいえるその日まで。






<end>
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