三十路で初恋、仕切り直します。
もう少し若いときなら「だったら今度合コン行こうよ」と誘ってもらったり、「理想が高すぎるんじゃないの」とからかわれたりしたけれど、30過ぎたあたりから「今フリー」であることを告げるとまるで触れてはいけない傷に触れてしまったような反応をされることがあった。
「あーあ。前に杏奈のお祝い会で会ったとき、みんなに『彼氏できた』なんて言わなきゃよかった」
「お前男いたのか」
意外そうに言われて思わずむっと言い返す。
「いましたとも。……最近別れたばっかだけど」
「天下のトミタ自動車さまの同期とか?」
「残念。先輩です。わたしが振ったみたいな感じだったけど…よく考えたらわたしから振るように仕向けられただけなんだよね」
「おまえみたいな女を手玉に取るなんて赤子の手を捻るよりなんとやら、だろうな」
「うるさいなぁ」
たしかに泰菜は32歳という年齢のわりに恋愛経験値はかなり低めで、今回の職場の先輩が人生二人目の彼氏だった。
対する彼の方は、少しノリが軽くて、でもついつい引き込まれてしまうほど仕事でもプライベートでも話術が巧みな男で、思えばあれはだいぶ女の子の扱いに慣れた人の振る舞いだったなと思うところがいくつもあった。
「で?なんで振られたんだ?」
「……よくある二股よ。若い子の方に乗り換えられちゃったの」
実にありきたりな、そして今思い返してもひどい別れ方だった。
彼は付き合う前まではすごくマメで、毎日泰菜の顔を見ては「無理してないか」「仕事振れよ」と気遣ってくれて、メールも欠かさず送ってくれていた。
付き合出してしばらくはそのままマメに気にかけてくれて大事にしてくれていたのに、交際を始めてから丁度一年くらい経った頃、急に熱が冷めたみたいに素っ気なくなった。挙句の果てには。
「なんかさ、デートしてるとき、つまんなそうに『泰菜とは体の相性があまりよくないみたいだな』って言われちゃって……」