三十路で初恋、仕切り直します。
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「そういえば指輪のお店から、昨日うちに郵送で鑑定書が届いたよ」


そこには婚約指輪についていたダイヤのカラーや大きさなどの等級が記されていた。失礼なことだと思いつつ、そこに書かれた数字やアルファベットが何を示しているものなのかつい調べるともなしに調べてみて、贈られたそれが思っていた以上にかなりグレードのいいものらしいと気付いてしまった。


「……ねえ、法資。もしかして指輪、ものすごくいいものだったんじゃないの?」
『おまえな。値段を訊いてるのか?無粋なやつだな』


言われてたしかに随分な質問だったと気付く。

大粒のダイヤはたしかに浮かれてしまうほど嬉しかったけれど、高価に見えたからうれしかったのではなく、法資が自分のために選んでくれたということが何より嬉しかったのだ。


「ごめんなさい、そんな変な意味じゃなかったんだけど。……わたしだけ、こんな素敵なもの貰っていいのかなって、ちょっと申し訳ない気がしてたの」



泰菜の方でも、腕時計や何かでお返しを用意しようかとも考えたけれど、法資には「いいから使わないでその分結婚準備金の費用にでもとっておけ」と言われてしまった。泰菜が指輪を気に入ったならそれだけでいいとも言っていた。



『いいって言ってるだろ。まだ気にしてたのか』
「だって」

『こっちがおまえに相談もなしに勝手に用意したもんなんだし、おまえからお返しぶんどってやろうなんて考えてねぇよ。いつまでもごちゃごちゃ気にすんな』
「……わかった。けど別に指輪くれたこと、迷惑だなんて思ってないんだから、そんな言い方しないで」


ついむきになって言うと、画面の中の夕食中の法資はなにかおにぎりのようなものを頬張りながら苦笑する。


『まあ最近じゃ、婚約指輪って渡さないことが多いみたいだけどな』
「そうなの?」
『婚約指輪を用意しないかわりに結婚指輪の方に金かけたりするんだと。あとはむしろ嫁の方から『いらない』って断るパターンもあるらしいな」

「そっか。そういえばこの前入籍した裕美ちゃんも、『婚約指輪なんて買う金があるなら貯金にまわしたい』って
言ってたな」
『うちの兄貴もそういう理由で、婚約指輪は買わなかったって言ってた』



法資の義理の姉の晶は至極堅実なとてもさっぱりした性格で、「そんな石付きの指輪なんて普段身につけることもないし、わたしには無用の長物よ」と言って婚約指輪は断ったという。その際はっきりと「わたしはいらない。欲しくない」とも言ったそうだ。



『おまえも本当はあんな指輪なんて無駄とか思ったか?』
「そんな。そんなことはないけど……」

言いかけて口篭ると「言いたいことははっきり言え」とばかりに法資が見詰めてくる。

「ううん、ただちょっとあまりにも指輪が素敵過ぎたから、ね」
『……何だよ』


それを口にするのはすこしは恥ずかしい気もしたけれど、促されて口を開いた。


「うん、だからさ。ほんと言えば、あんな豪華なダイヤ、地味なわたしにはちょっと勿体無いくらいに思えてて」
『……またそれか。おまえお得意の卑屈』


法資の声が冷たくなったのを感じて、慌てて言い添える。


「だ、だからね!なんだかわたしには不相応なくらいきらきらして綺麗な指輪だったから、ちょっとでも指輪に釣り合うようにならないとなぁって。そう思ってるの」





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