三十路で初恋、仕切り直します。
7
『……なんだよ』
指輪購入に至るまでの内情を暴露した後で、法資はなんとも居心地の悪そうな顔をする。
「ううん、なんかその。ごめんね……?」
『よせ。謝られると余計微妙な気分になる』
法資が泰菜にネックレスではなく指輪を贈ることに決めたのは、勘違いが重なり、偶々の状況が重なったからだったのかもしれない。
法資が指輪を買った動機も、初めは泰菜と婚約しようという確固たる気持ちより、元彼に対する対抗意識に拠るところが大きかったのかもしれない。
泰菜が婚約指輪を手に出来たのは、ただの偶然の産物。
そうなのかもしれないけれど。でも法資が元彼に嫉妬してくれたことをちょっと本気でうれしく思ってる自分は、今相当頭がおめでたいことになってるからなんだろうと思う。
それに偶々だったとしても、法資はちゃんと指輪を「けじめ」だと言い、いずれ結婚するつもりで付き合っているのだとも言ってくれた。
それだけで十分だった。
「婚約」に至るプロセスはあまりロマンチックなものでなかったとしても、そこにちゃんと法資の気持ちがあるなら、それでいいじゃないかと思えてしまう。今自分がしあわせを感じているのだから、十分だと。
「でもちょっと紛らわしかったよね。普通、高価なジュエリーなんて他の女の子たちは自分で買ったりしないもんね。法資みたいに元彼からのプレゼントだって思う方が普通かも。……恥ずかしげもなく自分で買っちゃうから、わたしってモテないんだろな」
『そんなんモテなくても、男に買わせることばっか考えてる女よりマシだろ』
そう言ってから、『……悪い、今のは失言だったな』と法資はますます気まずそうな顔をする。
「別に気にしないよ。法資がモテるの知ってるし、今まで彼女にジュエリーくらいねだられたことあるでしょうし」
『気にしないといいつつ、微妙に棘のある言い方だな』
すこし弱ったような顔で言ってから、法資が居住まいを正すように座り直した。
「そうですね。ひがみっぽくてすみませーん」
『おい』
「おひとりさま歴長すぎて、やること言うこと痛くてごめんなさ-い」
『聞けよ。……マシだからとか、俺はそういう基準でおまえ選んだわけじゃないんだからな』
「ふぅん。そうなんだー?へえ」
『愛してるからな』
頭の中がショートしたみたいに、ぼんっと視覚も聴覚も一瞬麻痺する。
返事は出来なかったし、正面を向いてることも出来なかった。
この場で畳の上に転がって、両手両脚投げ出してジタバタしてしまいたかった。肌を重ねている最中でもその後でもなく、こんなタイミングで言われて平気でいるには、あまりにも甘い言葉に免疫がなさすぎた。
平静を装うことも「わたしもです」と同意を示すことも出来ず、ただじわじわ心に染み込んでくるうれしさとか恥ずかしさに浸っていると、法資が苦笑しながら言ってくる。
『年末、帰ったときに返すからな』
そう言って手の中で、過去と現在と未来を示しているという三つのダイヤを手の中でもてあそぶ。
『鏡台から拝借して、そのまま帰すの忘れてた。悪かったな。また次帰ったときにおまえに付けてやるよ』
また背後から法資に付けてもらうときのことを考えて、なんだか今から胸が甘く疼いてきてしまう。
高校時代の友人の弥生は、夫にやきもちを焼かれることを「結構大変」などと言っていたけど、恋愛経験の少ない泰菜にとっては、自分の好きな人が嫉妬をしてくれるということはなんだかとても貴重でしあわせな経験のように思える。
とりあえずオサムからもらったティファニーだけは、次に法資が帰ってくるまでに早々に処分しておこうと思いながら、その晩は空が白みはじめるまで法資と他愛もないことを話し続けた。
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