三十路で初恋、仕切り直します。
慌てて着替えてメイクを始めると、ようやく起き上がった法資がバスルームに向かった。
姿が見えなくても背後から聞こえてくる水音に、否が応でも意識してしまう。
ちらりとだけ見えた法資の体は、いまもおそらく何かスポーツをしているのだろ、細身だけど引き締まったいい身体をしていた。肌も学生のときとは違うわずかにくすんだような色味が、逆に大人の男としての色気が増したように見えた。
「今日の『アラサー会』、国道沿いにある『蓮花亭』なんだよな?」
すぐ後ろに立たれ、湯上りのボディソープの香りの生々しさに再び気恥ずかしさがぶり返してくる。幸か不幸か記憶はないが、気だるい余韻が残るほど昨晩はこの法資とたっぷりしてしまったのだ。
「うん、っていうかアラサー会っていうのやめてくれない?女子会よ、女子会」
努めて何気なく答えていたが熱を感じるくらい顔が火照っていた。手の中のちいさなコンパクトミラーには耳まで赤くなった自分の顔が映っている。法資に背中を向けていてよかったと心の底から思ってしまう。
「送って行ってやるよ」
「え。でも」
「どうせ覚えてねぇんだろうけど、どのみちここまで車で来たんだし、今からじゃ車じゃねぇと間に合わねぇだろ。おまけに外は雨だ」
「……お願いします」
それからは無言で支度を整えた。
今日はオフホワイトのケーブルニットに、花柄のきれいめなキュロットとカラータイツを合わせた。髪はサイドだけ編み込みをしてバレッタで留めて、メイクは昨晩よりアイメイクだけややしっかりめに入れていた。
短時間で済ませたわりにはまあまあの出来だと思うけれど、なぜか法資は渋い顔をしていた。
法資の方は、グレンチェックのウールジャケットに白シャツ、下はラインのきれいなチノパンツ、腕には泰菜にはどこのメーカーのものかよくわからないけれど高そうな腕時計を、首には見るからにやわらかそうな素材のストールを巻いていた。
予想に違わず法資は私服姿も、お洒落だけどほどよくラフ感もあるコーディネイトでセンスがいい。どうしても無意識のうちに視線を向けてしまう
「おい、忘れてるぞ」
法資が手にしているのは、昨晩いつ外したのかも覚えていないネックレスだ。三連のダイヤが揺れるそれは彼に振られた後、自棄になって買ったもので、ボーナス一回分がまるごと飛んでいってしまうほど高額なアクセサリーだった。きっとこの先、これほど高い買い物をすることはないだろう。
「ありがとう」
「着けてやるから動くな」
背後から首元に手を回される。まるで背後から抱きしめられるかのような甘酸っぱい感覚に胸が捩れそうになる。
どうしてしまったのだろう。昨晩のことはよく覚えていないのに、身体が勝手に法資のことを意識してしまっているようだ。
「……あッ…!」
故意になのか偶然なのか。
法資の指がつぅっと泰菜の首の裏側に触れてきたから、へんな声が出てしまう。昨晩はもっと深いことをしてしまったようなのに、たったこれだけの接触で心を煽られてしまう自分が恨めしかった。
「着けたぞ。これでいいか」
「あ、ありがとう……」
何事もなかったような顔で入り口の精算機で支払いをする法資に、過剰に反応してしまった自分が恥ずかしくなって、荷物を掴んで慌てて立ち上がる。
「ほら行くぞ」
促されて、顔を俯かせたまま慌ててその背中を追った。