三十路で初恋、仕切り直します。

「こちらの男性様が『薔薇(ソウビ)の間』をご利用の相原様のお忘れ物を届けにいらしたとのことでので、お通ししました」


そういって店員が法資に入室を促す。ほんの少しの間、躊躇う様子でいた法資は部屋の中にいる泰菜の姿を見つけるとちいさく溜息を吐いた後、ゆっくり歩みだした。


「泰菜。おまえこれ忘れただろ」


法資が抱えているのは、今日裕美の結婚祝いとして贈るはずだったアロマディフュザーの入った包みだ。ホテルには置いてなかったから、おそらく桃庵に忘れてきたのだろう。


「わざわざそれで……?」
「おまえ何度携帯鳴らしても出ないから」
「うそ……ごめん」


携帯は窓辺のチェストに置いた鞄の中に入れっぱなしにしていた。

もし連絡がついていれば、わざわざ部屋まで来させなくても、店の出入り口で受け取ることが出来ただろうに。法資だってこんな女子だらけの集まりの中には入ってきたくはなかっただろうと思うと申し訳なくなる。



「ね、もしかしなくても、高校のとき、特進科にいた桃木法資くんじゃない?」



突然やってきた法資を食い入るように見ていた杏奈が不意に口にする。法資がそうだと答えると、女子高生のように目をきらきらさせた杏奈が黄色い声を出す。


「わぁ、久し振り!っていうか桃木くんは普通科のわたしなんて知らないか」
「いや、えっと……たしか土……土田杏奈さん、だろ」

「覚えててくれたんだぁ、嬉しいな」
「今日は長沼さんの結婚祝いなんだって?邪魔して悪いな、長沼さん、結婚おめでとう」


そういってはにかむように笑う。営業用の外面なのだろうけど、この場にいた既婚者も独り身もみんな法資の笑みに釘付けになったのがひとり他人事のように俯瞰していた泰菜には分かった。


「これ、気に入ってもらえるか分からないけど、一応こいつが張り切って選んだヤツだから良かったら使ってやって」
「あ、うん、わざわざありがとう……」


入籍したての新婚の裕美までもが、プレゼントを受け取りながらぽぉと頬を湯上りのように色っぽく染める。それじゃ、といって法資が現れたときと同じくらい唐突に去ろうとすると。


「昨日泰菜が一緒に過ごした相手って、桃木くんだよね?」


エリカがいきなりそんなことを言い出す。





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