三十路で初恋、仕切り直します。
「首のあと?」
「さっき泰菜が屈んだとき見えちゃったんだよね」
杏奈がぐいっと手を伸ばしてくる。
「ほらココ。なんかすてきなマークがついてますよ?泰菜さんってばお熱いですなー」
「へ?うわ……っ」
杏奈が触れてきたのは首の裏側。それはまさに、法資の指が当たった場所だった。
「あー、やっぱキスマークなんだ」
みるみる顔が熱くなる泰菜を見て、杏奈がからかうように言ってくる。
「……本人には絶対見えないそんな場所に牽制の印をつけておくなんて、随分嫉妬深い彼なんだ?」
さすがにもう話題を変えられないと諦めたのか、庇ってくれていた弥生にまで苦笑交じりに言われていたたまれなくなってくる。
「さあて。じゃあ彼氏のこと話してもらいましょうか」
にっこりとエリカ様が女王らしい貫禄で微笑みかけてくる。
法資は彼氏じゃないし、昨夜のことは誰にも知られたくないあやまちだったわけだし、でもこの場をどう切り抜けるのかも思いつかない。途方にくれたような気持ちで項垂れていると。
『お客様、こちらの部屋に何か御用でしょうか?』
個室の扉の向こうで店員の声がした。話しかけられたらしい客の男がなにか店員に受け答えしている声が聞こえるが、部屋の中からはよく聞こえない。
『まあわざわざ。それでしたら折角ですから直接お渡しになられては……こちらへどうぞ』
ほどなくすると、泰菜たちがいる個室の扉に丁寧なノックがされる。
『失礼致します』
断りの後で店員が扉を開けると。その背後にはとてもきまりの悪そうな顔をした法資が立っていた。