三十路で初恋、仕切り直します。
どうしてこんなことになってるのだろうか。
ぬるりとした感触の温泉につかりながら、泰菜は帰省してからのことをぼんやり思い返す。法資と再会してまだ一日しか経っていないと言うのに、随分いろんなことがあった気がする。
酔いつぶれた挙句に法資としてしまったことも信じ難い事実だが、まさかふたりで温泉にくるなんて、静岡で新幹線に乗ったときには考えもしなかった。
「まったく、何考えてるのよ、法資は……」
もわもわと湯気の立つ中で呟くと、泰菜は体育座りにしていた体を湯の中でうん、と投げ出した。
肌あたりのいいやわらかな湯につかっていると、それだけで体だけでなく思考までほぐれていくようだ。タイルの淵に頭を預け、喉を逸らして「ふう」と息をつく。
思いつきでやってきたにしてはいい温泉だった。
温度は長くつかるに最適なぬる湯だし、泉質も美人の湯と言われる硫酸塩泉系なだけあって、心なしかすでに肌がつるつるしてきたような気もする。
ついつい性分で仕事を優先しがちで、休日もあまりのんびり過ごすことのない泰菜にとって、職場のことも考えずにただお湯につかっていられる時間はひどく贅沢で心地よい。
けれどどんなに極楽気分になりかけても、泰菜の思考の中央にふでぶてしく居座る法資だけは退散してくれなかった。せっかく落ち着きかけた神経が再び波立つと、泰菜は湯気をたたせる水面を握ったこぶしでぱしゃんと叩いた。
-------きっと法資は何も考えていないだけなのよ。
なにしろ法資は「ゆっくり入りたいから」といってたまたま空いていた個室の貸切風呂を予約した挙句、泰菜に「入るか」などと誘ってきたのだ。勿論泰菜は即座に断って、ひとり大浴場へと向かったのだが。
「なにが入るか、よ」
そこで自分が「うん」などと答えたらどうするつもりだったのだろうか。幼児じゃあるまいし、一緒にお風呂に入るということは法資にとってそんなにハードルの低いことなのだろうか。