三十路で初恋、仕切り直します。
放課後の教室で法資が勝手に人前でキスしてきた挙句、突き放すように体を押したとき。
平気な顔していただけで、ちっとも平気なんかじゃなかった。
心底どうでもいいみたいに扱われて、法資のことなんて引っ叩いてやりたかったし、それ以上にその場で声を上げて泣いてしまいたかった。
けれど
そんな反応したら法資にもっと冷たい目を向けられて見放されてしまうような気がしたから。だから余裕ぶって『遊びでこういうことするなんてほんとガキね、法資って』と精一杯呆れた顔を装って言っていた。
手が震えているのが自分でも分かったから上手く取り繕えていたか分からないけれど、法資の友人たちが『おでこちゃん、意外にクール』なんて驚いて言っていた様子からすると、自分が思っていた以上に上手い演技が出来ていたようだった。
法資もあのときの泰菜の強がりを嘘の態度だとは見抜けていなかったようで、今泰菜の目の前で驚いたようなばつの悪いような複雑な顔をしている。
「俺のこと馬鹿にするみたいに白けきった顔してたくせに。……なのに今更あの時傷ついてましたみたいなこと言い出すなんて……卑怯だろ」
-------卑怯、か。
「そうね。さすがにあの時のことはもう時効だよね」
「だからか。だからお断りだっていうのか」
法資は落ち着きなく缶コーヒーのプルトップをいじる。その忙しない指先に苛立ちが滲んでいる。法資にとっては思い出すこともなかった遠い昔のことで、今になって悪者みたいに詰られるのは心外なのだろう。
「そうじゃなくて。謝ってほしいとかそういうことでもなくて。ただわたしってね、ずっと昔のこともうじうじ気にしてるようなすごい面倒臭い女なの。だから法資が思っているような気楽な女なんかじゃないのよ」
「……他の女よか面倒じゃねぇよ」
泰菜が引くと、法資は食い下がってくる。
プライドゆえに意地でも泰菜に「はい」と言わせたいのだろうか。でもこれではまるで法資がどうあっても結婚を承諾してほしいと望んでいるような、そんな錯覚を抱いてしまいそうになる。
「法資と結婚出来たらみんなに自慢出来ただろうな……」
学生の頃は法資と幼馴染だということだけで友達からは羨ましがられたし、他の女の子たちからはひがまれたりちょっとした嫌がらせを受けたことまであった。
ノートを隠されたり陰口を叩かれてもそれほど気にならなかったのは、自分は法資の友達だということに心のどこかで優越感のようなものを感じていたからかもしれない。
法資からプロポーズされたということも、いつかみんなに冗談まじりに笑って話してくだらない自慢の種ぐらいには出来るだろうか。そのプロポーズに愛だとか情だとか甘い感傷がひとつも介在していなかったとしても。
「意味が分からねぇよ。だったらすればいいだろ」
「ううん、やっぱり出来ない」
「理由を言えよ」
「じゃあわたしにも理由教えて。法資、なんでわたしに『桃庵の店員』だって嘘吐いたの?」
この際だからと、泰菜はいちばん心に引っ掛かっていたことを口にした。
「法資はわたしのこと、試したんでしょう」