三十路で初恋、仕切り直します。

「……前の男に未練でもあるのか」


泰菜を見据えたまま法資が訊いてくる。如何にも法資らしい言い草だと思わず苦笑いしてしまう。


法資は容姿も収入も良く、結婚相手として好条件な自分に断られる理由なんてないと思っているのだ。仮に断られるとしてもその理由は自分自身にではなく泰菜側にあるのだと傲慢にも決め付けている。

自信家の法資らしい考え方だ。


「未練はない、って言ったら嘘になるかもしれない」


失恋の痛手はすぐにすべて洗い流せるわけではない。けれど、帰省する前と比べたら幾分行き場のなかったむなしさが癒えているような気がしないでもない。

久々に高校時代の友達と会って騒げたおかげなのか、それとも。



「じゃあ復縁でも迫るのか?建設的なこった」
「さすがにわたしだって、二股した相手に縋りつこうとするほど馬鹿じゃありません」

「……じゃあ何が気に入らない」
「気に入らないって?」

「お前より背も高いし、収入もある」



俺の何が不満だ、と法資が訊いてくる。


法資の言うとおり、法資は昨夜泰菜が挙げた条件はすべてクリアしているし、結婚相手としては申し分ないとも思う。けれど泰菜がいちばん重視する、いちばん大切なものだけが備わっていない。



「……ねぇ法資。法資は16のとき、楽しかった?」



なぜこのタイミングで急に思い出話を口にするのか分からないと言う顔をする法資に、泰菜はごく淡々と続けた。



「高校のとき法資はすごくモテてたし、きれいな女の子たちいつも連れてて、あの頃すごい華やかだったよね」
「……おまえな、まさかガキの頃の女関係気にしてるのか?」
「法資は楽しかった?」


法資の問いを遮って、もう一度問いを重ねる。


「回りくどい言い方するな。何が言いたいんだよ」
「わたしはね、高校で美玲とか弥生ちゃんとか、気の合うともだちいっぱい出来て、高校のときすごくたのしかったよ。でも、ちょっとだけつらかった時期があった」


泰菜の奇妙に静かな目を見て、法資は泰菜が言わんとすることを察したらしい。


「まさか。……あの時のこと根に持ってるのか」


泰菜が無言でいることを肯定だと受け取った法資が、途端に苦々しそうな顔をする。


「おまえ……あん時、全然気にしてませんって平気な顔してただろ」








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