三十路で初恋、仕切り直します。

「千恵ちゃん、どうしたの?」

近寄ってくる泰菜に気付くと、千恵はお腹に当てていたことを隠すようにそこからサッと手を離した。それから反抗心を感じさせる鋭い目付きで泰菜を見てくる。

「……べつに。重いポリ持って疲れただけです」


千恵の足元にはびっしりと部品の詰まった青いポリ容器が置いてあった。


「千恵ちゃん、ポリ箱運ぶときはカート使わなくちゃ」
「だってたった2箱だけだったから。わざわざカート取りに行くの面倒だったし」


不貞腐れたように千恵は言う。最近の若い子の傾向なのか、それとも千恵のもともと勝気な性格ゆえなのか、彼女は自分に非があってもなかなかそれを認めようとはしない。

分からないことがあっても勝手に自己判断で動いてしまったり、それで失敗すると周囲が自分に教えてくれなかったのが悪いというような居直り方をした。

そういうところが現場で働く年嵩の作業員たちから良く思われていないことを泰菜も気付いていた。


「千恵ちゃん、それ納入したばかりの部品でしょう?万一落として傷がついたら、在庫も代替もないものだと最悪生産ラインが止まることもあるのよ?軽いものならともかく、しんどいと思うくらい重いものは面倒でもちゃんとカートに乗せて運ばなきゃ」

「休んだから、もう大丈夫です。もう持てます」


意地のようにポリ箱を抱え込もうとしたから、それより先に泰菜がポリ箱を掴んだ。


「ちょっと、相原さん、それ私の担当ラインの納入分なんですけど」

「ううん、わたしが担当します。千恵ちゃんが決まりを守ってくれないなら、これはわたしが持って行く。その代わり千恵ちゃんは来月の生産計画、もういちど見直しておいて。さっき事務所に営業さんから新しいファックス来てたから、多分かなり修正することになると思うわ」

「……運ぶのくらいやれます」
「いいから事務所に戻りなさい。今日はTラインはわたしがフォローしておく。千恵ちゃんは今週末提出の生産標語案もまだ提出してなかったよね?物流の9208-Zの在庫数が狂っていたのも、まだ赤伝票切ってなかったでしょ?早く修正して営業さんと物流さんに連絡しないと。だから今日は溜まったデスクワークどうにかしてて」


わざと先輩風吹かせてきっぱり指図すると、千恵は渋々といった足取りで事務所の方へ歩き出し、去り際に「……お節介」と吐き捨てた。





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