三十路で初恋、仕切り直します。

「それでさ、たーちゃんはいつ桃木とプロポーズしたりされたりするような仲になったの?」


田子と山田が去った後。


「なんて言われた?桃木の性格からして『黙って俺について来い』的な感じかな?それとも凡人男じゃ思いつかないようなすごい甘くてロマンチックな感じ?ああ、でも班長からたーちゃんが断ったって聞いたよ。なんで?どうして?あの顔でしかも出世頭の超優良物件なのに勿体無くない?他に狙ってる人でもいるの?」


差し向かいに座る津田が身を乗り出して矢継ぎ早に訊いてくる。お酒が入っているとはいえあまりにも好奇心丸出しの津田に閉口していると、「どうしたのたーちゃん?酔いが回った?」と津田はなんら悪びれた様子のない顔で訊いてくる。


「……津田くんが人のプライベートにあんまり無遠慮にずかずか踏み入ってくるから驚いてるだけよ」
「うん?でもさ、結婚した身でもう俺は恋愛することもないからさ。代わりに他人の色恋話聞くのが楽しくて。それがあの桃木の話ならなおのことだよ。楽しまずにはいられなくなっちゃうね」


そういってグラスに口をつけながら、津田がにやりと笑う。


「津田くん、いまだに法資に拘るのね」

「拘るっていうか単なる下世話な興味だよ。入社してからはこっちはただの平社員、かたや桃木は社報にも載るくらいの期待のエースで随分水を空けられちゃってるし、今じゃライバルでいるより仲良くなったほうが面白そうだって思ってる。まあガキの頃はいっつも涼しい顔した桃木をどうにか負かしてやりたいっていつも思ってたけどさ……」

「そうね。わたしと付き合ったのも法資に張り合うためだったんでしょう?」



砂肝の串にかぶりつく泰菜の口からさらりと出てきた言葉に、津田は少しうろたえたような顔をする。



「ねぇ、焼き鳥追加頼んでもいい?ほとんど班長に食べられちゃったから。ここは軟骨入りのつくねとかわがおいしいのよ。津田くんも食べる?」


津田がぎこちなく頷くのを見て、すかさず注文を入れる。


「仲野ちゃーん、焼きとりの盛り合わせひとつと、軟骨とかわのタレ味二人前ずつおねがーい」
「ね、たーちゃん」
「なあに?まだなにか食べたかった?追加する?」
「じゃなくてさ」


津田は神妙な顔をして泰菜を見てくる。


「知ってたの?その、俺がたーちゃんに告った理由と言うか経緯と言うか」
「知ってるもなにも……わたしと津田くんってなんの接点もなかったじゃない?クラスも委員会も部活もなにも一緒になったことなくて、なのにいきなり告白だもん。変だと思うのが普通じゃない」

「たーちゃん、普通にかわいいよ?普通に惚れられた可能性もあると思わなかったの?」

「ありがとう。わたしのことかわいいなんて言ってくれたのは津田くんと近所のお兄ちゃんくらいだったわ。……わたしよく法資の元カノとか今カノって勘違いされることあったから、たぶん津田くんもわたし自身じゃなくて法資絡みでわたしに興味があるんだろうなって。それで声掛けてみただけなんだろうなってさすがに察してたよ。ああ、今更謝ってこられても困るから」


頭を下げかけた津田に待ったを掛けると、津田はなんとも気まずげな顔をする。


「……たしかに最初は、桃木の好きな娘はたーちゃんなんだろなって思って……でも桃木と付き合ってるわけじゃないみたいだから、奪ってみたいなとか……思ってたよ。最低だったね」

「だから謝らないでって。わたしだって津田くん好きでOKしたわけじゃないし」
「……そっか。正直ちょっと罪悪感薄れてほっとした。けどはっきり言われちゃうと残念なような」

「わたしがOKした理由ってね、人気者でかっこいい男の子とちょっと付き合ってみたいなっていう、そういう浮ついた気持ちだったの。だからわたしたちどっちもお互い様だと思わない?」





< 75 / 153 >

この作品をシェア

pagetop