三十路で初恋、仕切り直します。

「……人気者でかっこいい?」

「うん、津田くんだってすごいモテてたじゃない。女の子にも男の子にもやさしくて、いつもにこにこして人の中心にいてさ。わたしのクラスでも津田くんのことかっこいいって言ってた女子、たくさんいたよ。そういう男の子とたった半年でも付き合えてラッキーだったと思ってる」


焼き鳥を豪快に串から噛み抜く泰菜をしばらく黙って見詰めた後、津田がぽつりと呟いた。


「たーちゃんってば、ほんといい子だよね。そんなこと言われちゃうと、うっかり嬉しくなるじゃん?」

そういって苦笑する。

「だったらもう昔のことは水に流しましょ。津田くんと付き合ってた間、たのしかったのは本当なんだから。高校時代のいい思い出ってことにさせてよ?」







一度くらいかっこいい男の子と付き合ってみたかったとか、ライバルを出し抜いてみたかったとか、お互いに打算があって付き合い始めたけれど、津田と泰菜は好きなテレビ番組や歌手が一緒だったことで話が弾み、付き合い始めて間もなく周囲も驚くほど仲の良いカップルになっていた。


けれどあまりにも仲良くなりすぎたのがアダになってしまったらしく、しだいに異性として意識出来なくなっていったため、ほどなく彼氏彼女の関係を解消してただのおともだちになった。


ともだちになってからも二人きりで映画やショッピングへ行ったり、登下校を一緒にしたりしていたけれど、しばらくして津田にあたらしい彼女が出来ると、自然にお互い連絡を取り合うことをやめた。

事前に二人で相談して決めていたわけではなかったけれど、そうすることがお互いのために望ましいことなんだとわざわざ口にしなくても伝わっていたのだろう。


自分に近い価値観を持ち、言わなくても察し合える津田と距離を置かなければならなくなったことは少しさびしくもあった。

けれど、あのときは胸を締め付けるような、言葉も出てこなくなるような切実な焦燥なんて感じなかった。


つい先日感じたような、苦く、後になって何度も思い返すような感傷は何も。








「そうだね。俺もたーちゃんと付き合ってるとき、たのしかったよ」


津田は本心からそう言ってくれているのだろう。津田の赤らんだ顔からは、後ろめたそうな表情は消えていた。そのことに満足しながら、残りの串にかぶりついた。


「良い食べっぷり。たーちゃんのそういう健康的なとこ、やっぱ好きだなぁ。ケーキバイキングとかふたりで行って、俺らリアルに吐くまで食ったよね」
「あの年頃ならではの無茶よね」

「げーげー二人でトイレ篭って吐いてる俺ら見てお店の店長さんとかドン引きしてたよな」
「店員さんもお客さんたちもよ。『何こいつら』って目してた」


当時の地獄絵図を思い出して、二人同時に吹き出してしまう。


「あーおっかし。自分でやらかしたことなのにウケる」
「ほんとにね。なんかわたしと津田くんってさ、馬鹿なことばっかしてたよね。たのしいだけで辛いことがなさすぎたから、恋愛にならなかったのかな?」

「辛いことがないと恋愛にはならない、か。含蓄のある言葉だね。でもさ、いくらたのしかったとはいえ、それだけの理由で俺ほんとに許されていいの?俺みたいな馬鹿がたーちゃんのファーストキス奪っちゃったんだよ?それはほんとにごめんね」

「……やだ、何言ってるのよ」


突然切り出されたその話題。口の中に少し渇きを感じて、慌ててウーロン茶を流し込む。


「わたし。わたしね、津田くんの次に男の人と付き合ったのがつい最近なの、もうその人には振られちゃったけどね。だからさ、もし津田くんにしてもらえてなかったら危うく30過ぎまでファーストキスのお荷物背負ってるところだったわ。いちばん楽しい高校生のときにイケメンの津田くんに貰ってもらえて、むしろ有難く思ってるわよ」


自虐を交えて冗談めかしに笑ってみた。何も不自然なところはなかったと思うのに、「それはどういたしまして」と言った津田の目がわずかに鋭くなる。


「……なんてね。たーちゃん今嘘ついたでしょ」
「え?」

「たーちゃんのファーストキス、俺じゃないくせに。高校生のときもそうやって嘘吐いたよね」





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