三十路で初恋、仕切り直します。

澄んだお鈴の音が、仏間に響く。

遺影の前にはカップ酒と焼き鳥、それにピンク色の花が並ぶ。スイートピーは意外なくらいの手際で法資が葉や茎を園芸鋏で落とし、花瓶に活けた。子供のときに祖父の武弘に仕込まれた手際だった。


二人で並んで、仏壇に向けてそっと手を合わせた。



--------おじいちゃん。


いつも見守ってくれているであろう武弘に、泰菜は心の中で呼びかける。


--------なんだかくだらないことで言い合いになってばかりだけど、わたしこのひとのことが好きみたいです。


祖父の前だからか、素直にそう認めることが出来た。


--------だめかも知れないけど、自分なりにがんばってみます。



決意表明のように語りかけてからそっと目を開ける。隣を見れば、法資はまだ目を閉じて手を合わせていた。精悍できれいな横顔。おじいちゃんに何を熱心に話しかけているのだろうとを眺めていると、しばらくして法資がゆっくり目を開けた。


「法資、おじいちゃんのためにありがとうね」


そう言って台所へ向かおうと立ち上がる。歩き出そうとするが、何かに引っ掛かって歩き出せない。見れば法資が、仏壇の前に座ったまま泰菜の着ているニットの裾を掴んでいた。


「……ちょっと、どうしたの法資。今あったかいお茶でも入れてくるから」


そう告げても法資は手を離してくれない。まるでどこへも行くなと甘えられているようで、これだけのことで胸がきゅっと甘く引き絞られてしまう。


「もう酔ってるの?法資お酒飲んでたみたいだし……」


法資の目は家の蛍光灯の下でみるといつもよりわずかに赤らんでいたし、口からもかすかにアルコールの匂いがしていた。この家に『イルメラ』ではなくタクシーで駆けつけたことからして、どうやらここへ来る前法資はどこかの店で晩酌でもしていたようだった。


「目が据わっているよ。眠いの?眠いならお布団敷いてあげようか」


客間に行って寝床の支度をしようかと思うのに、歩き出そうとしてもまた前につんのめってしまう。


「ちょっと法資ってば。手を離してよ」
「……酔いなんてとっくに吹っ飛んでる」


法資は重たげに口を開く。そう言うけれど、どこか熱を孕んだような口ぶりはなんだか泰菜の知っている法資らしくなかった。





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