君想歌
……泣きすぎた。

きっと赤くなっているだろう
目を押さえて和泉は口を曲げる。

人の前で泣くなんて、
私としたことが。


「ふっ…あはは。
気にしない気にしない」

晴れそうに無かった
空の合間からは青空が見えて
傘を閉じ二人並んで歩く。

優しい笑みを浮かべ、
くしゃりと頭を撫でてくれる
栄太郎につられて口元が緩む。


町の方へと足を進めた二人は
一軒の料亭に入る。

もうすぐ昼餉の刻になる。


「二名で」

「ちょっ。お金無いんだけど」

部屋を案内するため前を歩く
店の人に聞こえないよう
小さな声で囁く。

「こういうのは俺が払うの」

つんっと額をつつかれる。


注文は栄太郎に任せて部屋に
二人っきりに。

向かい合わせに
座っていたはずが栄太郎の
隣に座っている形となり
恥ずかしい。

「俺たち会って二日なのに
こんなに仲良くなれた。
いや……違うか」

胸元に引き寄せられ
和泉の顔に熱が集まる。

男と生活をしている癖に
こんな行動には免疫が無い。

「こんなに仲良くなれたんだから
…恋人同士って言っても良い?」

耳元で囁かれた言葉に
ずざざっと栄太郎と
距離をとる。

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