ノーチェ
「…………。」
その名前を出した事によって、空気は重苦しい雰囲気に変わる。
薫だってきっと、この先をあたしが口にする事を拒否しているはず。
少し離れた場所で、菜月の笑い声が聞こえた。
「莉伊、」と呼ばれて視線を薫に移すと
「俺の事は気にすんな。だから、話せよ。百合子は何て?」
頬杖をついたままセブンスターを吸う薫は、いつもより優しくあたしに問い掛けた。
緊張の糸が少し、溶けたのがわかる。
「…百合子さんは、薫に病院を継いで欲しい、って。」
やっとの思いで口にした言葉は、煙と共に宙を舞った。
あまりに小さく、かすれた声が出た、と自分でも思った。
だけど薫には、しっかりと届いていたようだ。
「莉伊、ちょっといいか?」
立ち上がった薫は、そのまま上へと続く階段に歩き出す。
あたしも、その後ろ姿を追い掛けた。