ノーチェ
「それは心外だな。俺はこうゆうのんびりした空気の方が性に合ってるんだけどね。」
一旦車に戻った桐生さんは煙草を灰皿に押し込んで再び外に出て歩き出した。
あたしは彼の少し後ろを歩く。
静かな畔道に
二つの足音と、たまに遠くの細道を走る車。
どこか暖かいこの優しい空気にあたしは思い切り息を吸い込んだ。
綺麗な空気があたしの体に循環して
今までのモヤモヤが嘘のように消えてゆく。
「莉伊、」
呼ばれて視線を前にずらすと自然に重ねられたお互いの掌。
ドキン、と心臓が跳ねて桐生さんを見ると
彼の柔らかい笑顔に胸が締め付けられる。
よく考えてみれば
こうして桐生さんの私服姿を見るのも
日中、会ってる事も
手を、繋ぐ事も
全てが初めてで、今更鼓動が加速し始めた。