狂妄のアイリス
「なのに……!」


 男の手は震え、ただ女に触れている。


「十二年待ち続けて、やっと俺の元に届いた知らせは、貴女からじゃなかった。行政から、貴女が入院したことを知らされた」


 膝からも力が抜け、男は女の前にひざまずく。

 許しを乞うようにこうべを垂れて、女はその姿をただ見下ろす。


「日向と朱音は……虐待の恐れで保護されたと」


 知らされた惨状。

 重傷を負った妻。

 心も体も引き裂かれた娘。

 そして、息子は憎しみの眼差しを男に向けた。


「どうして、こんなことに……」


 女に宛てるでもなく、ただ囁かれただけの言葉。

 その言葉に人形のように立つだけの女に変化が訪れる。

 女は唇を左右に引き、目を細める。


「全部、裕二くんのせいだって。分かってるくせに」


 真っ白な病室で、女は微笑む。
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