略奪ウエディング
俺は床に落ちたファイルをそっと拾い上げると、それを抱えてデスクに戻った。
そんな俺を全員が茫然と見ている。
彼女の存在は、脅威だ。俺を追い詰めていく。
俺の心を逆撫でし、普通じゃいられなくする。
…いや、違う。…守りたいと心から思った。
君を包む苦しみを、全て預けて欲しいと願った。
繰り返し彼女の耳に届けてきた言葉。…『俺を、信じて』。
嘘ではない。迷いなどなかった。目の前の梨乃の存在が、恋しくて、ただ、愛しかった。
俺はガタッと立ち上がった。
そのまま廊下に飛び出す。
しばらく走ると、後ろから課の連中の歓声が聞こえてきた。
君を失いたくはない。
声を震わせて愛を告げてきた君の心を疑うなんて、どうかしていた。その瞳からは涙と共に、いつだって愛が溢れこぼれていたのに。
君を愛してる。
たとえ拒絶されても何度でも言う。ほんの少しの勇気があれば、こんなに君を泣かせたりはしなかったのに。
「梨乃!」
外に出て彼女を呼んだ。
その姿は、どこにもなかった。
「…遅ぇよ」
牧野がそんな俺の目の前に現れて笑った。
「バスがちょうど来ちゃってさ。泣きながら座ってたよ。…後は任せましたよ、課長」
そう言って牧野は社屋に戻っていく。
俺は息を切らせながら、ある光景を思い浮かべていた。
梨乃がうっとりと眺めていたショーウィンドーのマネキン。
女性が憧れて止まない、幸せの象徴。
誰もが叶えることのできる、一日だけの幸せな夢見る時間。
梨乃を、世界一幸せな花嫁にしてあげたい。
俺にできることは、何でもしてあげたい。
泣かせた分だけ幸せにする。
その全てを、引き受けるから。どうか俺を許してほしい。
そう思いながら俺はポケットから電話を取り出した。
梨乃をこの手に取り戻すために。彼女の笑顔を見るために。
――「もしもし。…片桐です。これから…会えないか」
電話の相手は懐かしい話し方でにぎやかに答えた。
それを聞いて時計を見ながら言う。
「ああ。KCホテルね。…分かったよ」
君のためならば、不可能を可能にしてみせる。
だから、もう一度笑ってほしい。