略奪ウエディング

知りたくなかった



バスに揺られながら私は絶望を感じ涙を滴らせていた。
迷惑そうに私から目を逸らした課長の表情が頭から離れない。思い出しては、また泣けてくる。
私の取った行動が、課長を深く傷付けた。目も合わせたくなくなるほどに。
明日からは課長を見ることすらできなくなる。いずれ時間が経った頃には、彼の頭の中から私の存在は跡形もなく消え去ってしまうのだろう。

触れ合うことができなくても、その笑顔を見ることができなくなっても、私の心はきっとこれからも課長を求めてやまないのだろう。課長と過ごした全ての時間や思い出が、私の胸の中で揺らめいている。キラキラと光る宝石の粒のように。

私はふと思い当たり、途中でバスを降りた。

バス停の横にある店に足を踏み入れる。
ここは、課長と初めて来たカフェ。

「いらっしゃいませ」

明るい店員の声が聞こえる。
そのまま窓際の席に座り窓の外をぼんやりと見つめた。

ここで課長が突然東条さんに土下座をしたときには本当に驚いたわ…。
思い返しながら手元に視線を移した。

湯気が立ち昇るコーヒーのカップの中に涙がポトッと落ちた。

無理よ。…このまま会えないだなんて、耐えられない。
苦しくて、切なくて、どうにかなってしまいそう。

どうしたら許してもらえるの?本当のことを話せばよかったの?
まるでラビリンスの中央で迷っているような感覚。出口の光を求めて彷徨っている。
しかしたとえ出口を探し当てても、扉が開いているとは限らない。

…だけど…このまま終わるなんてできない。
もう一度、課長に会って本心を聞かないといけない。

私はそう思いながら涙の滲んだコーヒーを口にそっと含んだ。


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