略奪ウエディング
それからしばらくの間、私はそのままぼんやりとそこで頬杖を付いていた。
カフェの前の歩道を歩く人の数が段々と減ってきている。

愛する人を失いそうなときには決まって無気力になり、その後には深い悲しみに襲われることを私は知っていた。
これからそんな日々に見舞われるのかとため息を吐く。
もう、仕事に打ち込むことすら出来ない。どうやってこの状況を乗り切るのか、分からない。
私には…仕事も、未来の予定も、彼も…何もないのだから。だがここで毎日思い出に浸ることもできはしない。

「いらしゃいませー」
私の置かれた状況とは裏腹に、カフェの店員が元気に挨拶をしながら忙しそうに動いている。

「早瀬?」

声をかけられ顔を上げた。

「…牧野くん」

同期の牧野啓太が私を見下ろしていた。

「…何やってんの?課長は?」

彼は話しながら自然に私の向かいに座る。

「課長…?いないわ。…もう…」

私はそう言って再び窓の外を見た。

「…そう。…おかしいな。ま、いいか。びっくりしたよ、ここにいるから。俺のアパート、この近所なんだ。よく来るんだよ、会社の帰りに」

「そうなの?」

「…お前さー…、本当にいいの?」

「何が?」

彼の方を見て聞き返す。

「片桐さんは…難しいんじゃないのか?あ、ほら、あの人もてるしさ、大変じゃないのかなって」

牧野くんは言いにくそうにコーヒーを飲みながら言う。

「…難しくなんてないわ。ただ…私が悪いの。課長を怒らせてしまったから」

「お前が?…そうか」

牧野くんはそれ以上は聞いてはこなかった。
私も何も言わずに黙っていた。
だけど彼の存在が、自分は一人ではないと思わせてくれていた。
きっと牧野くんはわざとここに座ったのだと思った。
彼はもちろん、何も言いはしなかったけれど。





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