略奪ウエディング


彼と揃って店を出たときには、時計は八時を指していた。

「ありがとう、付き合ってくれて。今までも、ありがとう」

店の前で牧野くんに言う。

「ああ。…でも、無理するなよ?…赤い目をしてる。何かあったら電話してきて」

…やっぱり。気付いていた。

「…うん。ありがとう」

私がそう言った瞬間、牧野くんが私の後ろの方を見て動きを止めた。

「牧野くん?」

私も彼の目線の方を振り返る。

…あ…!

カフェの向かいに建っているKCビジネスホテルから一組の男女が楽しそうに笑いながら出てきた。
その、男性の顔を見て私も牧野くんと同じように固まってしまった。

見間違えるはずがない。
頭の中は、その彼でいっぱいなのだから。

「課長…」

私は呆けたように呟いた。
「……っ…、…あいつ…!」
牧野くんはそう言って道路を渡ろうとした。

「待って!牧野くん!」

私は彼を呼び止めた。

「いいの!いいのよ!…もう、いいの…」

私はそう言ってその場にへなへなとへたり込んだ。
牧野くんに癒されて、いくらか落ち着いた心に悲しみの渦が再びどっと押し寄せてくる。

課長と一緒にいるのは…元恋人の茜さん。
一週間で帰ると言っていたのにまだこっちにいたのね…。それは、課長が、ここにいるから…?

「…もう…だめ。もう…届かない…」

そう呟いた途端、涙が滝の様に流れ出した。

今、彼が共に時間を過ごしていたのは私ではなく茜さんだった。
私に呆れて彼女を選ぶつもりなのね。それがあなたの出した答えならば、私にはもうどうする事もできはしない。
…彼が私に何も告げる事なく、いなくなってしまうことを知った。こんな形で…。まるで指をすり抜けて落ちていく砂のように。手を伸ばして、掴んでも私にはもう、届かない。


泣きじゃくる私を、牧野くんは黙って見下ろしていた。
彼の握り拳が微かに震えていることに、私は気付いていた。
だが課長を傷付けても、気持ちはもう戻らない。
牧野くんもきっとそれに気付いていたのだ。


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